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赤岳鉱泉・主人の太貴さん

「極悪非道」な山小屋が「きれいでおいしい」人気スポットになったワケ/南八ヶ岳・赤岳鉱泉

南八ヶ岳の主峰・赤岳の麓、北沢源流に建つ赤岳鉱泉。山好きの間では言わずと知れた名スポットですが、かつて別の場所にあったことはあまり知られていないのではないでしょうか? 南八ヶ岳屈指の人気の山小屋は、どんな歴史を経て出来上がったのか? 現・小屋主の柳沢太貴さんにお話を伺いました。

目次

アイキャッチ画像撮影:おくたまこ

南八ヶ岳の人気山小屋!赤岳鉱泉

赤岳鉱泉バンダナ

撮影:YAMA HACK編集部

登山者がいつもお世話になっている“山小屋”。私たちにとって、下界から離れた場所で寝食ができる有難い存在ですよね。しかし多くの利用者が訪れる山小屋が、いつ・どうして・どんな経緯でそこにできたかを知っている人は多くありません。

そこで、知られざる“山小屋”の裏側を徹底取材する当企画。第1弾となる今回は、八ヶ岳の主峰・赤岳のふもとにある、赤岳鉱泉です。

赤岳鉱泉はいかにして始まったのか?

鉱泉主人の柳沢太貴氏

撮影:YAMA HACK編集部(4年前から4代目主人を務める柳沢太貴さん。実は元レーサーという異色の経歴の持ち主)

―――山小屋取材、めちゃくちゃ楽しみにしてました! 今日はよろしくお願いします。

はるばる来て頂いてどうも有難うございます。わかる限りで何とか、頑張ってお答えします。(笑)

―――では早速…「小屋の起こり」からお伺いしていきたいのですが。まずは赤岳鉱泉の始まりについて聞かせてください。

はい。もとは営林署の飯場だったところを、私の曽祖父母(柳沢米作︎氏、カウエ︎氏)が譲り受けたのが始まりです。そこで働く人たちの食事の面倒を見ていたご縁で「あとは好きなように使っていい」と言われたそうで。場所も実は今のところではなくて、もう少し麓の方にあったんですよ。

―――なんと! 今の場所ではなかったんですね?!

そうなんです。具体的には北沢のちょうど中間、双子橋あたりを峰の松目沢側に5本目の橋から100mほど上に登ったあたりでしょうか。

黄色いマーカーが昔の赤岳鉱泉の場所

―――知らなかった……。山小屋開業を思いついたということは、南八ヶ岳は当時から登山需要のあるエリアだったのでしょうか?

そう聞いています。会社の山岳部等で訪れる人が多かったようで、赤岳山荘のおじちゃん、おばちゃんにも手伝ってもらいながら小屋番をしていたそうです。

昭和34年の赤岳鉱泉

提供:赤岳鉱泉(営林署の飯場からスタートした旧・赤岳鉱泉。写真は1959年/昭和34年当時の様子)

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